夢に出てくる旧友の話

高校卒業以来、いや、高校の途中からまともに話すことも無くなってそれっきりなのに、ずっと夢に常連のように登場してくる幼なじみがいる。彼は小学3年の時にやってきた転校生。お母さんは母子家庭に育った苦労人で、外に働きに出ていたのだが、教員の旦那さんの転勤と共に、実家に戻ってきた形だった。僕以上に体力にも運動神経にも恵まれない、まったく周囲に馴染まない(はなから馴染もうとしない)子だったが、優等生で先生のおおぼえ目出度く、ひどいいじめに合うようなことは無かった。苦労人のお母さんは勝ち気な教育ママで、その為に子供たちはちょっと萎縮しているように見えたが、物は潤沢に与えられていたから、頑張って周囲に馴染むよりも、親や教師の公式見解に従いながら自分の世界に閉じこもる方が楽でたのしかったのかもしれない。男友達では唯一、松本零士ガンダムの話が出来る相手だったから、中学までの自分は彼の唯一の親しい友人だったと思う(当時アニメというのは、子供っぽいものとして軽蔑されていた半面、熱心なファンは頭のいい子が多く(主に少女マンガ好きの年長の女子)、同級生の男子とはなかなか会話を共有できなかったのだ)。
しかし、中学に入ると、当時は校内暴力の全盛期だったこともあり、公式見解でおとなしくしていると、子供の社会では舐められて、暴力のターゲットにされかねない空気に世界が一変した。僕は、身を守るためだけでなく、プライドや強さへの憧れもあって、積極的に不良の世界に馴染もうとしていたところがかなりあったと思う。しかし彼は、公式見解に閉じこもる姿勢のまま、そうした外界を無視したままだった。思春期の子供の社会、特に不良の社会というのは、ある意味とても厳しく理不尽だから、そうしたものをまるっきり無視している彼を、アニメやマンガの話は共有しつつも、なんだか憎らしかったり、軽蔑するような気持ちになっていたところがあった。やがて、ふとしたはずみから、彼は不良たちに酷いいじめを受けるようになるのだが、不良が怖かっただけでなく、潜在していた不満もあったために、僕も他の級友たちと共に彼との関係をその間断ってしまった。彼はますます萎縮して内に籠もり、その時のストレスが心身の成長を大きく損ねてしまったように思う。
やがて、共に高校は進学校に進み、表面的には何事も無かったように付き合っていたけれど、僕には本格的に思春期がやってきて、中学時代の校内暴力の中で見た自他のむき出しの内心への不信や恥ずかしさ、それをまるで無かったことのように振る舞う周囲への反発を強めて鬱屈していた。だからやはり、そうしたことに一貫して無関心な彼との距離は開いて行き、やがてまったく互いに没交渉になっていった。
しかし時が経つと共に、彼を庇うことの無かった罪悪感や、彼から見ればそう意識しないまでも、外界にまだしも取っ掛かりや未練があるからこそ振り回され悩むことが出来る自分の在り方は、随分贅沢なものでもあったのではないかということを、繰り返し見る夢から意識するようになった。彼は、高校卒業後、地元の国立大学に進んだが、引き籠もりのように周囲と没交渉で暮らしている僅かな噂以外に、詳しい消息を不思議なくらい聞かない。高校を出て地元の県庁所在地でぷらぷら一人暮らししていた頃、たまたま街で一度だけ出くわして、人恋しさもあり声をかけ近況を尋ねたが、「君はすっかりコケてしまったみたいだね」と冷笑され、話が続かずそれっきりになってしまった。
本名を名乗っていないのかもしれないが、SNSなどにもまったく現れることが無い。