「戦争を無くすには、自分が人よりよくなろうと思わないこと。しかしそれが出来るだろうか」

「皆が、戦争がいやだって思ってるだけじゃ、きっと戦争はなくならないんだな」
「どうして」
「俺はえらそうなことがいえる男じゃないけれどもね、その前提でいえば、戦争をなくすには、もうひとつの決心が要る。それは、自分が他人よりよくなろうと思わないことだ。自由、幸福、それを望んじゃいけないね。しかしそれができるだろうか。物事にはなんでも裏布地があるから、自由、幸福を望めば、不自由、不幸がついてまわる。不幸は嫌だ、と熱烈に思うのはいいが、幸福の方は握りしめているのでは、何も変化しない。だから困る。俺は偉そうなことがいえないというのはその意味だがね」
色川武大『ぼうふら漂遊記』

かけられる時間も手間も有限だから、何かに注力すれば、他の何かが後回しになる。それが気まずくて認めたくないから、どこかにすべて丸くおさめる新発明があるはずだと思いたがる。各々が幸福を握りしめたまま、自分で自分を騙すように、なし崩しに事を進める。
何かを優先するなら、我慢させる相手への借りも背負うべきなのだが、そこをはっきり言って自分だけ責められるのは嫌だから、ひたすら周りを伺い続ける。あるいは「傷つきました戦争」になる。
そんな根深い体質が、そうそう変わるとは思えない。