山田太一「浅草はちゃんと生きている」より

「「冷淡」と小沢(昭一)さんは書いているが、まさしく浅草あたりの感触の一つは「冷淡」だと思う。ひとたび気心が知れれば、自分でも持て余すくらい親切になったりする「冷淡」もあるにはあるが、大体密集地で商売をしている人間が、そうそう他人に入れこんでもいられない。少々知り合ったって、どんな奴かも分からないという用心深さもある。臆病もある。都会に住む人間の皮肉、冷笑、底意地の悪さもある。そして、大抵は目に見えるものしか信用していない。
そういう「おじさん」「おばさん」を私は何人か知っていた。一瞥でなにもかも見抜いてしまうような目。実も蓋もないリアリズム。しかし、一方で節度や諦めが身についていて、露骨になることは少ない。沢村貞子さんには、ちょっとそういう味があったと思う。少し怖い。しかし、自分にも厳しいから、キリリとして美しい。(…)
そりゃあ、ああいう「おじさん」「おばさん」の前で変革を叫べば、ひんやりするだろう。どっちかといえば、小沢さんも野坂(昭如)さんも、そうした人たちに好かれるタイプだと思う。しかし、政治はいけません。政治家なんか、てんから信用していない」
山田太一「浅草はちゃんと生きている」