色川武大「筆不精」より抜き書き

「私も自分がズボラであることはよく承知しているから、はじめから緊張して、さっそく翌日から手紙を記しはじめた。字もまずいし、手紙文も苦手だが、そんなことはいっていられない。
しかし、近頃のようにリコピーなどない時代で、いちいちペンで書くとなると、相手によって固有のつきあい方もあり、また親疎の差もあり、同一の文体にしにくい。また同一文では、まったくの味気ない作業でつまらない。
毎日、根をつめて一人一人に手紙を書いて出しているつもりだったが、全体の三分の一にも達しないうちに、定めた会合の日が迫ってきた。手紙に明け暮れていたようだが、一日に一人乃至二人にしか出せない。私はスピードアップし、なおかつ作業時間も延長して、ほとんど寝ずに書いたけれども、あッというまに会合日の前日くらいになってしまった。もう万事休すである。あと一日では全員に配れない。しかし残りを割愛するのも惜しい。
それで、当日の朝、電報局に駆けつけ、これまで手紙を出した人に向かって、会合日を延期する旨の電報を打った。そうしておいて最初の仲間に陳謝し、十日ほど、会合日を延ばしてもらった。(…)陳謝しまわった末に、俺だって怠けていたわけじゃないんだ、と小さな声でいうと、だから一層馬鹿だ、といわれた。
まったく今になると馬鹿馬鹿しいきわみだが、再度会合日を延長し、しかもそれにもまにあわなくて、その集まりは流れてしまった」
色川武大「筆不精」

おいどんのサルマタの件から連想した一文。これも、まったく他人事と思えず、身につまされる。