『虫喰仙次』の社内世間描写の迫力

「役員になってからの彼は精彩を発揮していないようだった。断交の席で切れが悪い。多分、鳥でも獣でもない心境で煮え切らないのであろうが、彼は表情を内攻させてしまうからわかりにくい。以前とちがって大学出で入社競争をしのいできたばかりの若い組合員は、そういう翳りを評価しない。
そのうえ、企画会議などで虫喰いの意見は昔からいつも消極一辺倒で、冒険に走らない。社業はばくちとちがう、飛躍を狙って失敗して元も子もなくしたらどうする、という。(…)
組合の三役の一人である若い編集者が、ある日こういった。僕等と道で会うと、あの人の方が眼を伏せて隅っこに寄っていくんです、器じゃありませんねー」
「傀儡氏のやり口は面白く、自分が善玉を演じ、それぞれの領域で他の役員に悪玉役をやらせ、それを喰って時間を稼いでいく。彼は株を取得するための蓄財をする一方で、長期政権にするために、社内に次々と肉を与えた。古参社員も組合もおこぼれにあずかったが、傀儡氏はここを勝負所と心得ていたようで、そのために社の秩序が多少崩れようと、業績が渋滞しようと、意に介さない感じが迫力がある。そうして、組合とも打って一丸となって、民主的な一枚岩を作りーなどとうたいあげる」
色川武大『虫喰仙次』

思えば、若い頃はこうした会社世間のディティールを、ほとんど無頓着に読み流してしまっていたな…と。
しかし、こういう我々の在り方の実際を誤魔化しなく踏まえないと、どんな理念も独善的な机上の空論にしかならない。

 

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