労使交渉が成立しない理由

我々の社会で労使交渉がうまく成立しないのは当然なんだ。自分の世間の外の問題や不正ならいくらでも批評も非難も出来るけれど、所属している場所の内部の問題は話が別。経営者対労働者なんて対等であるわけが無いんだから(大企業に限ったことでなく、中小の場合は大抵、会社は経営者一族の持ち物という感覚)、労働者は団結して数で押すしかないが、我々の全員一致の空気の中ではそれが難しい。上に付いて保身を図る者もいると思うと、率先して事をあらだてると、浮き上がって自分だけが梯子を外されることを考えると割に合わないと思う。だから結局全員一致の曖昧な一蓮托生に甘んじる。
消費個人主義の安楽に慣れて、組合もすっかり骨抜きになってる上、正社員と非正規の分断がきっぱり進んでいるとどうにもならない。床屋政談で自分は棚上げの一般論を宣ったり、仲間内で愚痴るくらいが関の山。
だから一見不合理でも鬱陶しくても、そんな我々の容易に変わらない精神風土を考えると、丸抱えの家族的企業の在り方にも、一理もニ理もあったんだよ。
自立を欠いた個人主義の安楽に慣れてしまって、進むも戻るもままならないというのが、偽らざる我々の現状でしょう。

 

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