『頭脳警察セカンド』ライナーノーツ

頭脳警察セカンド』こそは、正に、あらゆる意味で特権的な、ロックアルバムである。
日本のロック史において、最も祝福された存在は?と問われたら、俺は迷わず頭脳警察PANTAと応え、アルバムでは本作を挙げるだろう。何のエクスキューズも必要としない、「これがロックだ」と応えるだろう。
片方で「最も過激だ」「危険だ」「シリアスだ」と大仰に持ち上げ、神話化しながら、もう一方では「所詮音楽なんだから自由であるべき」「過剰な期待は窮屈だ」などと、セコく保身しながらいいとこ取りするようなしょっぱいマネをするつもりはない。はっきり言う。PANTAは、頭脳警察は、無責任だと思う。無邪気なまでに反省が無く、だからこそポップで抜けがいい。たとえどんなに卑小で恥ずかしい実存を歌っても、物騒なくらいに意味の強い、社会的なテーマを歌っても、いや、少し言い直そう、反省しないことにさえこだわったりしないのだ。あけすけになれるだけの、とことん素直になれるだけの余裕と、余裕に自足しないだけの男の快感原則を、過剰な自意識による屈折や濁りの無い状態で持ち、韜晦やフィクションのフィルターを通すこと無く、素のまま叫ぶことができる、そうすることを許された特権的な存在だ。つまり、シリアスさに付きまといがちな、貧乏臭さが無い。だから少年性や、青春の光と影を、すべて「輝き」として表現できる。
そう、誤解を恐れず言おう、彼はロック「スター」なのだ。それも、単に遠く仰ぐ偶像ではない、誰もが抱える屈託や恰好悪さを、それを引きずりながら生きることを、美化や加工の無いままに瑞々しく叫ぶ、どんなにナイーブなことを歌っても恰好いい彼には、共感することによって同時に己の本音を見つめ肯定させ、心を開かせるような力がある。

このアルバムには、当時の他の日本のロックの多くのように、お手本としての洋楽を律儀になぞることを追求し、お勉強するような窮屈さが全くない。曲作りも演奏もラフでアバウト。だからとても抜けが良く、ガレージ感があり、ロックだ。「俺が歌えばロックになる」とでも言うような、ナチュラルな自我の強さ、不遜さが際立っている。しかも、それが、熱くありながらもしつこくなく、野暮ったくない。アバウトなくせに、しっかりと勘が良くスタイリッシュ。ダサさとは無縁なのだ。
たとえばあの「銃をとれ!」の、不穏なまでに低音が強調された、ファズベースのシンプルなフレーズ。そこに重なる、リズム楽器的な律儀さから程遠く揺れ動き、むしろ上モノっぽいニュアンスで、無骨、かつ自在に暴れまくる、トシのドラムとパーカッション。ザッパのマザーズや、ファッグスなど、トッポい知性派サイケの、人を食ったふてぶてしさを最短距離でしっかりとモノにしながら、さらにフリーキーで荒々しく、ストレートに攻撃的、肉体的で、突き抜けたパワーの放ち方をしている。むしろ初期MC5の傑作ライブ「キック・アウト・ザ・ジャムス」あたりを思わせるような。
そして、PANTAの、怒号のようにざらついていながら、同時に瑞々しい若さと情熱を湛えている、青くて強い声。それは、熱く爽やかな抒情を湛えながらも、土俗的な情念を全く感じさせず、都会的でもある。ディスコティックに通いつめてダンスに昂じ、最新のポップスやリズム&ブルースに夢中になることも、田舎臭い集団主義が未だ幅を効かせるダサくて窮屈な現実社会に唾を吐き、海の向こうの戦争や革命の夢に思いをはせ、無邪気に暴れることも、PANTAにとっては同様にヒップでイカしたことであり、同時にリアルで重要な、彼の現実だったのだと思う。

大衆的なレベルの広がりで豊かさが達成されつつあり、「食う為に争い、生きること」から、初めて人々が開放されはじめ、その拘束のリアリティから距離が出来始めた時代。
個人として楽しく生きることを追求し、社会的な目標や正義、道徳を疑い問い直すことにある程度肯定的で、それを後押しする空気があった一方、豊さを楽しみエゴを拡張することと同時に起こる、倫理観の混乱や変化に戸惑いを感じる、貧しさの記憶。
世代間、階層間の軋轢や葛藤の中で、負い目やうしろめたさから解放される為に、性急に正しさを求め、群れを成すような不安で強迫的な気分。
こうした、大目標を失い、個人になることの開放感と不安、当時の学生運動の高まりの背景には、その両方があったと思う。
日本においては、学生運動、左翼運動とロックの相性が良くないというのが通説だが、「かくあるべし」という論理、イデオロギーとも、性急なストイックさとも、ロックの噛み合いが悪かったのは理解できる気がする(むしろ土俗的な情念を歌ったフォークや怨歌が、よく口ずさまれたらしい。この国はまだ貧しかったのだ)。この複雑な状況の中での実感、リアリティーをバランス良く、率直に表現できるだけの成熟を、黎明期の日本のロックはまだ持たなかったのだろう。
PANTAは、この運動の中心になった団塊世代の中心から、2、3歳下にあたり、実は頭脳警察は、パブリックイメージと異なりその退潮期、運動が展望を失う中で閉塞し、観念化、過激化して、大衆の支持を失っていく時期に、その活動のピークを迎えている。少し下の世代として、運動の高まりに開放の匂いをかぎ、祭りに昂ぶり憧れたPANTA頭脳警察の、興奮と真摯と快感がない交ぜになったリアルな叫びは、運動が形を失っていく中でも、問いと情熱の行く末を探し続ける若者たちに、熱烈に支持された。

愛と平和を叫ぶのが人生か
真実を求め続けることが人生か
暖かい加護に包まれた
幸せな家庭が人生か
お金をたくさんもった
偉い奴になるのが人生か

俺にはわからねえ生きるという事が
世間知らずと怒鳴りつけ
平気で嘘をつく奴等が
それでも俺は求め続ける
何かを…何かを
(それでも私は)

こういったモラトリアムな問いかけが、何の大義名分も、フィクションのフィルターも無い形で、ここまでストレートに歌われた例は、同時代のアングラフォークにさえない、ほとんど初めてのことなのではないか。ここで歌われている内容は、ナイーブだが率直で、かつ緊張感を湛えている。それは後のパンク、ニューウエイブの、冷戦下の繁栄と保守化の「明るい絶望」の中、自意識を嫌うことに自意識過剰に、シニカルさに神経症的に自家中毒したような空気とも無縁だし、現在の、最初からエゴの表現に軋轢を自覚せずにすむ故に、スポーティーに洗練された趣味、スタイルとして表現される青春的なパンクロックとも異質だ。もっと生々しい葛藤と、本物のわがままで暴力的な少年性を、コインの裏表のようにあわせ持った表現。青春のロックというより、ロックの青春としか呼びようのないものだ。隙も甘えも無邪気も無責任も、それ故のアンバランスな過剰さや刹那性も、状況に反射することで、すべて魅力の構成要素として新鮮に響いた。

ちなみに俺は、80年代後半、バブル前夜のメッセージロックとバンドブームの時代に、再発されたセカンドとBESTで、頭脳警察と出会った。中古盤には凄いプレミアがついていて、音は聞こえないまま「伝説のバンド」「日本のロック史上最も過激なリアルロック」といった前評判のイメージばかりが膨らんでいたからか、その内容の雑多さ、まとまりの無さ、ラフさに驚いたというのが、正直な第一印象だった。俺の日常の感覚の延長では、ほとんどそのままでは共感不能な「銃をとれ!」で始まるかと思えば、当時同世代の圧倒的な共感を集めていた尾崎豊の自問自答を、さらにみもふたもなく押し進めたような「それでも私は」のような曲がある。厳めしく抽象的、詩的な固い言葉で不穏なイメージを煽る「軍靴の響き」の後に、いわゆる過激なロックのイメージからは程遠い、日常的なコミックソングのような「いとこの結婚式」が続く。正直、まったくセルフイメージに対するプロデュースが無いように感じられ、それが何とも不思議だった。
しかし、いとこの結婚式に出て、ちょっと居心地悪い思いをする日常への反発が、そのまま海の向こうや歴史の彼方の戦争や、武力革命に「カッコイイ!」と憧れ、昂奮することとじかに結びついてしまうこと、実はこれこそが頭脳警察の本質なのだ。少年の夢想は、観念だからこそ果てしが無い。現実にはっきりとぶつかり制限されることが無いからこそ、ナイーブな人のよさと、世界の理不尽と心中するロマンが直結してしまう。中間段階が無いから過激なのだ。
PANTAはいつも、瞬間の思いと快感に真っ直ぐだ。その時その時の矛盾した思いの連なりに一貫性を求め、突き詰めて煮詰まり、重くなってしまうようなことがない(むしろ、意味に求心的になり、重く煮詰まることを、はっきりと避けているように思える)。だから、どんなにシリアスな題材を歌っても、いつも恰好がよくてポップだ。
俺は、そうでありながら「無責任」を自覚的に引き受けることの無い、PANTAの姿勢を無傷に美化するつもりは無い。歌っているテーマに対して、誠実な態度だとも思わない。PANTAの青春は、その先を歌われることが無い。ある意味、あまりに輝かしい青春を体感し、歌ってしまった彼自身が、永遠の青春の囚われ人なのだ。
けれど、逡巡が無い分、彼の夢想への「入り込み方」には遠慮が無く、それが現実との綱引きの緊張関係の有無に関係なく、むしろそこから切れているからこそ、鬼気迫る強度の表現として生ききってしまっていることは確かだし、その在り方は良くも悪くもとても今日的だ。
そして、時代の熱と空気の中から放たれる、イメージの乱反射をすべて(無意識のまま)取り込み、時に利用し武器にした、無邪気で素直な表現のおおらかなスケール感と色気はやはり唯一無二であり、正にロックとしか呼びようの無いものだ。
故に、PANTA頭脳警察は、時代とロックに選ばれた、特権的な存在なのだ。

(02年。紙ジャケットでのCD再発に寄せたライナーノーツより)