ワーキングプア3と人斬り五郎


NHKスペシャルワーキングプア3」を再放送で観る。
まっちゃん、紹介ありがとう!
http://d.hatena.ne.jp/border68/20071218


このシリーズの初回に登場し、無気力で虚無的な表情を見せていた30代のホームレス青年岩井さんが、三鷹市から日当7000円の道路清掃の職を得て、社会との関係を回復しつつある姿が感動的だった。
人目を避けて、その日その日を無気力にただ生きているように見えていた彼が、今ではホームレス支援の炊き出しを率先して手伝い、より困窮している年配のホームレスに、自分に支給された弁当をそのまま手渡している。
「以前、「生まれてこなければよかった」と言ってましたが...」
というインタビュアーの質問に、
「今でもそういう気はある。自分に全面的に誇りを持てる状態とは言えないから」
と応えながら、彼は目を伏せ、震える手で目頭を押さえて、声を詰まらせた。
「人間らしい感情が戻ってきたのかもしれない。前だったら絶対こうはならなかったから。やっぱり、人を信じられるようになって...」


釧路で、社会的に孤立し、生活保護に頼るしかない人たちの支援活動に、月10万円の薄給で従事する新田さんの姿も、強く印象に残るものだった。
雇用先が絶対的に不足している上に、国から市に割り振られた資金は年間900万円に過ぎず、この事業で新たな雇用先を準備することは到底できない。だから、定職を得て、完全に自立できる人は、非支援者の一割程度に過ぎないという。


全体のしわ寄せを、こうした特定の、わずかな人の善意や犠牲に頼るような形では、市場原理主義という社会構造それ自体が生む問題の根本的な解決にはならないことは、番組内で識者によってしっかりと強調されていたし、俺自身、市場の規制や地場産業への投資、育成、教育の援助など、国や地方自治体の本腰入れた対策が必須だと思う。
更に言うなら、地場産業を中心に、もう一度地域共同体を再建し、安さ便利さ豊かさを多少犠牲にしても、それぞれが帰属意識を持ってそれを支え、守っていかなければ、市場原理主義を抑え、ワーキングプアを解決することは出来ないと思う。


これは、実は「仲間」「身内」を守ろうとするエゴだし、大きく見ればまごうことなき「ナショナリズム」だ。
それは、しんどい「同調圧力」のようなものも、きっとどこかで孕むだろう。
けれど、そうした身内のエゴを基盤にして生きている自分を直視し、引き受けていかなければ、砂粒のように状況に流されながら、それに加担している自分の責任を放棄しっ放しになってしまうんじゃないか。
しかし、そんな自覚と自己規制が、だらしなく流されることに慣れてしまった俺たちにできるんだろうか。
そして、アメリカや財界が、そんなことを許すだろうか。
素人考えで想像するだけでも、暗い気持ちになってくる。


俺たちは何一つ問題が解決しないうちに、早くもこうした暗いニュースに飽き飽きしている。
考えても自分ひとりでは手がかりも無く、また刹那的な消費生活に埋没して憂さを晴らす。
けれど、釧路の新田さんの、
「ただ手をこまねいて制度のアレだからとか、雇用が無いからって手をこまねいていたんではしょうがないので、何とか雇用状況が回復するまで...いつするかわからないけれど、それまで繋げていくってことをしなければ」
なんて言葉に触れると、厭世観に浸って楽してる場合じゃないって気持ちにもなる。
ある母子家庭の母親は、パートにも採用されず、孤独に心が折れそうになっていた時、新田さんが出した手紙によって他者との繋がりを感じ、自分を支えて就職まで頑張ることができた。
必死に人を信じる気持ちを取り戻そうとしている人たちに応えようとすることは、俺たち一人一人の責任であり、それができないでいるから俺たち自身が、人間を、社会を信じられなくなっているんだということに気付く。


ふと無頼シリーズの、人斬り五郎と、娼婦に身を堕とした踊り子芦川いずみの会話を思い出した。

「久しぶりだな。相変わらずと言いてえところだが、随分と変わっちまったな」


「あんた、体を張って、私達を助けてくれたわね。でも、何にもならなかったことになるわね。ごめんなさい」


「いったいどうしてこんなところに... 
訳なんて訊いてみたところでしょうがねえやな。俺には関係ねえこったよ」


「あの時、弘前のヤクザ者の言ったことは本当だったわ。私達のまともな踊りなんて、お金になりゃしない。とうとう解散してしまって...」


「その後は男か... よくある筋書きだよ」


「マネージャーまでグルだとわかった時は、もう遅かった。食いものにされて、知らない間に借金で身動きが取れなくなっていたわ。
女ってダメね。若い子達は故郷に帰りたがっていたわ。どうせ私は...」


「そいつは知らなかった。勘弁してくれ」


「謝るのは私の方、せめてあんたにだけは、きれいな体のうちに会って、お礼が言いたかった...
でも駄目ね... 人間こう、堕ちるところまで堕ちちゃ、もうおしまい」


「そう思うようになっちゃ、確かにおしまいだな!」


「(!?)」


「俺は、そうは思わねえ。思いたくもねえ。
俺はヤクザだ。それも銭で雇われた、ド汚ねえヤクザだよ。
お前とあんまり変わらねえ。
だがな... いつか、いつか何処かで何かが起こって、まともな暮らしに戻れねえもんでもねえ。
そんなことを、空頼みにしている。
そんなことあるもんか、そう思ったら人間おしめえだよ。
当てにもならねえことだが、そう思うことを俺の信条としている。
人は笑うかも知れねえ。
おまえさんも笑うクチかい?」


『大幹部 無頼』より