昨夜は荻原魚雷さんと今年最初の会食。

魚雷さんは今、書評のメルマガhttp://www.aguni.com/hon/review/に彼の最も敬愛する作家の一人である古山高麗雄さんの全著作レビューを連載中なのだけれど、その話から、古山さんと『戦艦大和の最期』の吉田満さんの文学的交流の話になった。


戦時中、海軍士官だった吉田氏たちは、多くの同胞が信じて命を賭けたあの戦争の経験を何とか意味のあるものにしたいと思い、一方職業軍人ではない徴兵された一兵卒だった古山さんは、戦争や軍隊という逃れられない状況で受けたダメージや引きずっている恨みを、戦争を忘れ処理してしまおうとするかのような戦後の状況との断絶の中で、どう位置づけ記憶していくかという問いからその文学をスタートさせている。
互いの守りたいもの、信じたいものが、相手のそれを揺るがせ、崩してしまいかねない、本来、心情的には真っ向から衝突してしまうような立場だけれど、吉田氏はそれぞれの居た場所や立場が違っただけで、戦争を決定的な経験として抱えていて、それに真摯に向き合っているということにおいては同じだと、古山さんの仕事に最大限の評価を送っている。
古山さんもまた、講談社文芸文庫の『戦艦大和の最期』の解説を見ても明らかなように、誠実に吉田氏の立場を受け止め、しかしそれでも、どうしても受け容れがたいことについて、真摯に問い投げ返している。


しかし古山さんはその著作の中で、戦時中に傷つけてしまった人々に対して、取り返しはつかないまでも彼ら一人一人に直に会うなりして贖罪に全精力を傾けるという生き方もできるはずなのに、こうして悔恨を書くばかりでそうしようとはしない、そうするつもりのない自分について語る。
その古山さんの苦い正直さを吉田氏はまた、重い気持ちで受け止める。
エリートの矜持を持って、戦後の日本に責任を果たそうとする吉田氏と、劣等生として諦念からスタートしながらも自分の回避していることについて合理化するところのまるでない古山氏だが、「本当のこと」を書き残そうとする使命感、責任感という意味では、変わるところがない。
しかも、性質も立場も違う二人が誠実にキャッチボールをすればするほど、「本当のこと」はきりがなく混沌としてくる。
書いても書いても、というか、書けば書くほどそれは孤立の色を深め、一般に受け入れられ難いものになっていく。


こうした解決不能な理不尽など、当事者でない人にとっては、一刻も早く整理して処理してしまいたいものだろうし、当事者ならなおさら意識して引きずりたくないことかもしれない。
しかし彼らは、決してそれを風化させようとしない。
風化させて便利に生きたい、便利に希望を持ちたい人にとっては、それはきっと邪魔になって仕方のないものだろう。
わかっていることにくどくどこだわるなと、鬱陶しくも感じることだろう。むしろ、「自分達は間違っていない」「わかっている」と自己撞着(を意識しない)状態を守り、合理化するためならば、人はこうした声を平気で無視し、あまつさえ石さえ投げかねないものだと思う。
右にしろ左にしろ、正しさを主張するための立場を、二人の声ははみ出し、ほころばせてしまうから。


けれども、こういう作業をくりかえし、自分も含めた人間の酷薄さ、いい加減さをしっかりと受け止め、噛み締めていくことからしか、本当の他者に対する理解や許容は決して生まれないとも思う。そして同時に、そうした過程を多くの人が望んで受け入れることもきっと不可能なのだろう。


そうしたことさえ、この二人は静かに受け入れているように見える。
けれど、その認識を決して手放さないことにおいて、諦めることのない人たちとも思える。
僕は自分を棚に上げて、こうした人間の酷薄さに対する怒りや恨みに引きずられてしまいがちな半端な人間だ。
自分の、弱い部分までそのまま語ることは、恥と保身が邪魔をしてとても難しい。けれど、そこに光が当り、誰かが引き受けなければ、通りの悪い現実は、ますます孤独に閉ざされてしまう。けれど、告白が自己撞着や懺悔の制度へとすり変わらないように意識し続けることも、虚栄からも保身からも自由でない身には、とうてい困難とも思える。


それでも尚、彼らの残した孤独で重い、終わりのない歩みそのものの中に、なぜか人の希望を見る思いがする。