91年。調度『瞬きもせず』や『純』の直後くらいの作品。

円熟期といおうか、その後どんどん丸っこく穏やかで透明な感じに向かっていく手前、繊細な中にも、まだリアルタイムの生々しい表情、ディティールを感じさせる。画風を含めたテイストが個人的にいちばん好きなのがこの時期だ。
普通に友達づきあいしながら、内心の恋心に揺れる主人公の感情が散文的な空気の中で表現される、まさに王道少女マンガ!という内容。ストーリーにまとめることよりも、「空気」を表現する事の方にどんどん作風が純化していく過程で、この作品もややまとまりが散漫なのだけれど、そうしたまとまらない空気、心情が綴られるラストが

私 遠い先のことは 心配しなくていいと思う
今日できることはいっぱいあるもん
もしも今日やったことが あとで失敗しても
その時 一生懸命やったんだったら
やったことが あとで絶対に
大切な何かを見つけさせてくれると思う

という、まさに紡木たくの全作を貫くメッセージで結ばれると、こんな俺でさえ、すべてが愛しいような澄んだ気持ちになったような気がする。


紡木たくは、僕の最も愛する表現者の一人であり、その気持ち初めて読んだ10代の頃からずっと変わらない。けれど、彼女の作品を読む時、自分のいちばん柔らかくて微妙な部分を掘り起こすようで、とても勇気がいる。
彼女に深く思い入れていると、日々を生きていく事が難しくなる。僕は彼女のような、時代や世間がどうであろうと、イノセンスを貫くために個人倫理にまで高められた寛容、ヒューマニズムで自分を支え律して、ストイックで静かな生を、潔く受け入れられるような立派な人間じゃないから、俗っぽく自堕落に、欲やプライドに意地はったり、感情的に他人に求めたり反発したりってことから降りられない。同時に、タフに悪びれず、清濁併せ呑んで生きるような甲斐性も無かったりするから、日々をこなしていこうとすると、彼女のまっすぐな繊細さや潔さへの憧れがとても邪魔になって苦しくなる。出来の悪いナイーブちゃんなもので、バランス取るのが大変なのだ。
半端にあこがれを引きずってることが恥ずかしくなって、極端に彼女から遠ざかろうとした時期もあったけれど、そうしきれる根性も無くて、結局今も大切に引きずっている。こんな半端なヤツだけれども、憧れ、見上げるような気持ち自体は、一度も変わったことがない。