色川武大『たすけておくれ』より

「自分であれ他人であれ、一度ミスをおかしたら、助けてくれるものは何もないのだという現実に誰でも直面してしまう。だから寛大にならざるを得ないのである。
この世は自然の定理のみ。神仏など居ない。そんなことは数千万年前の人間だってわかっておったことで、だから人間は神を造る必要があった。ミスったときに神のせいにできるから。心の外に裁判官をおけば、ミスった代償として罰がくだされ、量刑を得て、罪が帳消しになる。
私たちは生活のしくみの変化で、自分以外の権威を信じなくなり、信じすぎるという愚はおかさなくなったが、同時に裁判官もなくしてしまった。一度でもおかしたミスは永遠に自分の心の中に、かたのつかないものとして残るのである。私たちはお互いに、助け合うことはできない。許し合うことができるだけだ。そこで生きている以上、お互いにどれほど寛大になってもなりすぎることはないのである」
色川武大『たすけておくれ』