おいどんで煮詰まったら『ワダチ』を読め!


大切な物を妻に捨てろと言われた - Aerodynamik - 航空力学
http://d.hatena.ne.jp/aerodynamik/20080110/p2


男おいどん』は捨てた方がいい
http://d.hatena.ne.jp/gotanda6/20080111/otoko


「【B面】犬にかぶらせろ」で紹介されていた、奥さんに『男おいどん』全巻を捨てるように命じられたという人の日記と、「おいどん」を読んだgotandaさんの感想。
松本零士のファンとして、これにはきっちり返答する必要があると思った。


まず、不器用で馬鹿正直なおいどんの孤独に共感している旦那を詰る奥さんの気持ち、半分は理解できます。
「負け犬」「社会的成功」といった言葉の使い方の、短絡的な薄っぺらさがどうにも引っかかるけれど、何かに馴染み慣れるため、それまでの自分の生活を変えなければならない時、けじめをつけるために何かを捨てなければならないってこと自体は、人間にはままあると思う。
自分も昔、堅気の仕事に就こうと考えていた時、一度、サブカル趣味を一切遠ざけなければ、甘えが残って本気になれないんじゃないかと思いつめたことがある。
自分の場合、結局、自分のこだわりを捨てきれないことを悟り、そっちを突き詰める方に覚悟を決めたけれど、それだって状況如何で、これからどう転ぶかはわからない。
昨今ありがちな、「ダメ」とか「ボンクラ」といった言い方で、互いを曖昧に甘やかして馴れ合うような態度は自分も好きじゃないし、自分の選択に責任を持つために、思い切りよく何かを割りきらなきゃならない時はあると思う。


そして、「おいどん」はじめ松本零士のマンガこそ、どういう方向であれ、そうした覚悟の厳しさとその大切さを繰り返し語ってきた。
少なくとも僕は、そう受け取ってきました。
そうした、ある意味融通の効かない頑固さ、誇り高さを、gotandaさんは「“九州男児の誇り”が邪魔をして、仕事も勉強も長続きしない。そして、まったく努力はせずに“いつかでっかい男に”などと自己だけは肥大させ、次第に何もできなくなっていき、どんどん周囲から取り残されていき、さらに焦りを募らせる」というふうに読まれている。
そういう否定面も、それ自体は理解できます。
けれど、多くの松本マンガを読んできた自分は、プライドばかり高くてすぐにポッキリいってしまうようなヤワな奴らだとは、おいどんたちのことを受け取ってはいない。
おいどん=大山昇太の子孫大山トチロー(彼は、親友キャプテンハーロックの搭乗する、宇宙最強のアルカディア号を作った)は、ひもじい時は、敵が地面に放った肉にむしゃぶりついてでも飢えを凌ぎ、生き延びていく雑草のような男として描かれている。
「おいどん」の姉妹編的な、『聖凡人伝』『大四畳半大物語』といった作品は、「おいどん」以上にストーリーも何もない、主人公が同様にだらしのない隣人達とグダグダたわいのないドタバタをやってるだけの話が延々と続く(「おいどん」は初の少年誌連載だった関係から、セックス込みの女出入りといった猥雑で楽しい部分が意図的に抑えられ、代わりにおいどんの孤独がストレートに強調されています)。そして、そうした「オチなしヤマなし」の毎日が、結構面白く読めてしまうところが、松本マンガの一番の個性であり、魅力だったりもする。
「心臓に毛が生えているくらいのヤツじゃないとこの世界では生きていけない」と、松本零士は文章でも、作品の中でも繰り返し語るけれど、彼の描くダラダラは「このままで良い」的な甘えや馴れ合いの表現ではなく、焦って自滅してしまわないよう、逆境を面白がってしまうくらいに神経を太くして、雑草のように生き抜けという、不遇な若者への応援なんだよ。
それに、おいどんが勉強を続けられないのは、高すぎるプライド云々よりもまず、生活が立ち行かない貧しさからだから。


それでも「おいどん」の結末がやり切れないという人は、少年マガジンで「おいどん」の次に連載された『ワダチ』を読んでみて欲しい。
http://d.hatena.ne.jp/bakuhatugoro/20061110
おいどんの四畳半が日本沈没から逃げ延びて、宇宙に打ち上げられてサバイバルする、といった感じの作品。
おいどんと同じく、ワダチもブサイク、不器用だから、女からは軽んじられているし、彼女達は自分が窮地に陥った時だけ彼の好意に期待するが、状況が変わればあっさりと裏切る。
彼は、どうせそんなもんだろと思いながらも、やっぱりまた次も女に優しくする。
「結果については後悔すまい」と「武士は食わねど高楊枝」な態度を元気に貫く。
どうせ明日のことはわからないんだから、明日になったら考える。
とにかく、血となり肉となるものを食う。そして「明日のために今日も寝る」。
楽天性とバイタリティ、そしてそれを貫く「鋼鉄の意志」。
これが、負け犬の思想だとは、僕は全然思わない。
そして本当は、「負けたら終わり」と強張ってしまっている人にこそ、読んでみて欲しいと思っている。
ゴーラム!