少女マンガいろいろ(2)

bakuhatugoro2007-07-15



「コーラス」の別冊ふろく(何だか懐かしい)でついていた、よしまさこ『地下室の四季』という中篇も良かった。


突然の事故で両親と愛犬を失って一人ぼっちになってしまった中学生の女の子、四季は、子供のいない叔父さん夫婦に引き取られる。二人はいかにも悪気のない小市民といった人たちなのだが、重い現実を受け入れられず、無意識のうちに心を閉ざしている四季は、表面的にしか新しい生活に馴染まない。
叔父夫婦が無理をして買ったマンションは半地下にあって、四季は自室の小窓から、通行人の足だけを眺めている。
と、設定だけを書いていくと、部屋の暗喩もいかにもな、ありがちなブンガク風味が想像されそうだけれど、四季の孤独や叔父夫婦はじめ周囲の人たちとの距離を主観的に強調せず、彼女のクールな振る舞いも、年齢なりの気丈さと弱さゆえのものとして美化も誇張もされず、シンプルで人懐っこい絵とオーソドックスなコマ割りで淡々と描かれていくので、却って彼女の失ったもののかけがえの無さと悲しみの深さが純化されて届く。


やがて四季は、ちょっとした失恋を契機に、閉じ込めていた感情を爆発させるのだが、この時に彼女を支えるのが、母親から教わった裁縫で「誰かを喜ばせること」、という落としどころもよかった。

私だけは命がある
私だけは生きている


これからいっぱい洋服を作ったり
友達をつくったり
恋だってできるのだ
そうやって頑張って生きていくんだ


でも会いたい
みんなに会いたい
もう一度だけ

周囲の人たち(例えば、マンションの上層階と下階)の微妙な階級差や、それに付随したキャラクターの違いがさりげなく押さえられていたり、けれどそれらが大袈裟に強調されることもなく、穏当に自分と現実に向き合う静かに自立した風情に、良い意味ですごく現代風のものを感じたのだが、よしまさこさん自身はマーガレットでずっと少女マンガを書いてきて、コーラスでも『うてなの結婚』をヒットさせているベテランらしい。
他の作品も、是非読んでみたいと思った。


吉田秋生の新刊『蝉時雨のやむ頃』も読んだ。
両親が離婚した後、鎌倉の祖母の家に預けられ、祖母の死後は合宿のようににぎやかに暮らす三姉妹。
優しいけれどだらしのない父と、依存心が強くて心のキャパシティが狭い甘えん坊の母の元で、幼い頃から子供で居られなかったしっかり者の長女と、彼女に守られて無邪気に育つ妹たち。
彼女たちがある日、ずっと音信不通だった父が亡くなったことを知らされ、母に良く似た父の愛人と、かつての姉のようにしっかり者の、腹違いの妹に出会う(彼女は父の連れ子で、この愛人とも血が繋がっていない)。
自分の感情に溺れこんで周囲に甘えっぱなしの愛人と、彼女の代わりに気丈に葬儀を取り仕切る妹。

いるのよねー時々
現実が受け入れられなくて 尻込みしちゃう家族が
弱ってく家族の姿 見たくないのかもしれないけれど
くることはきても 病院にいるのなんかほんの10分たらず
着がえを届けにくるだけでさっさと帰っちゃうの


以前はものすごく腹が立ったけど
それはそれでしかたないと思うようになったわ


死んでゆく人と向きあうのは とてもエネルギーのいることなの
許容量が小さいからって それを責めるのはやっぱり酷なのよ

なんて、身内の介護が身近になった自分にも、思い切り突き刺さってくるリアルなセリフもあったり、全体としては向田邦子の短編のように面白く読んだ。
自分は吉田秋生の良い読者とは言えないので、彼女の作風のトータルな流れや近作については詳しくないのだけれど、画風も物語る姿勢も随分柔らかく、風通しがよくなったなって印象を持った。
マンガも日本社会もピークを過ぎて、枯れた成熟と共にリアルな淋しさへと向かっている反映なのか、このマンガも『地下室の四季』に画風や物語が凄く似ている。


ただ、特に恋愛のシーンなどに顕著なんだけど、登場人物の心理を非現実的に美化しすぎてるというか、はっきり言うと「カッコ付け過ぎなんじゃない?」って思うような違和感というか、ある種古臭さを感じてしまうところはあった。
以前「フリースタイル」の少女マンガ特集の座談会で、やまだないとが上条淳士について、

読むと、女じゃ描けないことも描いてあるんだけど、究極に少女マンガなんだよ。やっぱり夢の世界なの。男二人と女二人で、みんな足りないものもあるんだけども、その足りないものなんて物語のための足りないもので、みんなすごい満たされているし、優れた人たちばっかりしか出てこないのって、「少女漫画」じゃない?

という発言をしていて凄く納得させられたのだが、この印象は吉田秋生の『バナナフィッシュ』などにもそのまま当てはまる。
以前斉藤美奈子がハードボイルド小説のことを「男のハーレクイン」だと書いたことがあったけど、そういう意味では吉田秋生のマンガは「文系少女にとってのハードボイルド」だなって思う。
こういう静かでリアルな小品の場合、そうした「ファンタジー」を求める欲望や気負いの部分に違和感が生じ、また妙に生々しくて、正直自分は「文系の人のこういう構え方はちょっと苦手だな...」と今も昔も思うのだが、彼女のファンはきっとそこにこそ共感してるんだろうなとも思う(そしてこれは、一見ナイーブで弱々しい、同時期の紡木たくの作風と調度対象的なものだけど、小さな世界の小さな壁を、一生懸命乗り越えようとする渦中の気持ちを大切に覚えていて、事後的な視点で美化したり、軽んじばかにするようなことを絶対にしない彼女の姿勢こそが、そうした虚勢と無縁な本当の強さだったのだと今ははっきり思っている)。

海街diary 1 蝉時雨のやむ頃

海街diary 1 蝉時雨のやむ頃