すぎむらしんいちの新作


アッパーズ廃刊でちょっと中途半端に終わってしまった『サムライダー』以来、モーニングで久々に始まったすぎむらしんいちの新連載『ディアスポリス』。
『超学校法人 スタア学園』以来、固定ファン以外の目に触れる機会が減っていたので、特に古谷実望月峯太郎らのヤンマガ勢が好きな人には是非お薦めしたいんだが、入り口が本作だとちょっと微妙かもしれない。
細かい日常のニュアンスを捕まえた小ネタや妄想から入って、それがシュールに暴走、脱線するってふうな瞬発力の芸(そしてそこはかとなく匂うマイナーポエット)が本領で、本来骨太な長編には向かない人だと思うんだけど、今回は原作を立てて、泥臭い紙面のモーニングらしくちょっと社会派なテイスト。



密入国者15万人を抱える近未来の東京で、法による保護の埒外にいる彼らが自治と自衛のために作った「外国人都庁」。新宿〜大久保間的な世界を舞台にした、都庁所属の「フリーの公務員」、異邦人警察クボツカサキの活躍(ちょっと『探偵物語』の工藤ちゃんっぽい)。
不景気で排外的な昨今の我が国の風潮へのアンチ、という意図がくっきりしていて、ちょっと重くも、説教臭くもなりがちなテーマを、すぎむらのバカで乾いたテイストが救い、また骨太な物語が体力不足のすぎむらを支え...と好意的に書きたいところなんだけど、正直、いまのところはプラスのマジックや相乗効果が生まれているとまでは言えないと思う。
物語の方は、まだ額面的な正義やヒロイズムを言っているにすぎないし、それをすぎむらのアレンジでカバーしているというところに留まり、プラスのインパクトがない。趣向とエクスキューズだけは細かい、優等生の正論的なマンガにしか未だなっていないと言おうか。



はっきり言って、物語る彼ら自身の怒りや情念が伝わってこないから、テーマが額面としか感じられず、作りこんだ設定とバロックな味付けだけが浮いてしまっているのだ。自分の先行きが不透明で不安なのに、他人様のことまで心配してられるかというのがこちらの本音であり、そうした本音を程度の低いルサンチマンだと切り捨てるようなご立派な「口舌の徒」ほど信用ならんとも思っている。そんな利己的な貧乏人に物語やメッセージを届かせるには、異邦人の痛みをこちらの痛みそのものと感じさせるに足る、語り手自身の怒りと情念が必須。鬱陶しくなくポップに伝えるアレンジなんてのは、ここが確固としていてこそ利いてくる方法論でしかない。
正直、今のところすぎむらにとっても原作者にとっても、身の丈に余るテーマなのだと思う。



同時発売の短編集『スノウブラインド』。
いつの間にそんなに仕事してたんだ!?と思いきや、数年前に出てた全短編集『オールヌード』に新作2本を追加しただけ...
しかしこの2作、旦那が無職状態で崩壊寸前の家族や、地方出身ブス2人組のアマチュア漫才師といった現代的な「下流」連中(のアホな妄想)を絶妙に掬い、同化した、これぞすぎむらしんいち!と言うべき、彼にしか描けない傑作。
この2本だけでも単行本一冊分の値段の価値は優にあるし、ビギナーの方にもお薦め。

ディアスポリス-異邦警察-(1) (モーニング KC)

ディアスポリス-異邦警察-(1) (モーニング KC)

スノウ ブラインド (モーニング KC)

スノウ ブラインド (モーニング KC)


尚、『ディアスポリス』に食いたり無さを感じている向きには、現在以上に差別されていた時代の元反米自衛官(!)武論尊こと、史村翔原作による駄目自衛官マンガ『右向け左!』をお薦めしておきます。