平成の梅崎春生(だと、かねてより確信する)、荻原魚雷さん初の著作集『借家と古本』が出ました。

http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/5180/

旧線引き屋HPに掲載された「文壇高円寺」と、『sumus』連載の作家論風エッセイを纏められたものです。
尾崎一雄古山高麗雄鮎川信夫辻潤など、彼が深く愛し、また体質的にも響きあうところの多い作家達が、取り上げられています。
一遍一編の内容以上に、通して読むと、持続するひとつの詩情が浮かび上がってきて、それに凄く記名性と説得力がある傑作だと思います。
誇張もなければ、帳尻あわせもされていない、本当にレアな感情が静かに刻まれていて、内容以前に、逡巡しつつ生きている一個の人間の真実味がある。

…なんて書いているともっともらしいけれど、この文章が書かれた約5年間、本当にいろいろあったなあ… お互い余裕の無い時期に近い距離で付き合ってきたから、辛い舞台裏を心ならずも晒しすぎて気まずくなったりしたことも、正直多かった。
ある種、互いの境遇が似すぎていたために、同じ状況に対する反応のしかたに、互いの資質の違いがモロに反映されてぶつかりあったり。
情緒過多なおっちょこちょいで、他人に感情移入しすぎるために、逆に始終トラブルを起こしては、収拾がつかなくなってはた迷惑を撒き散らしている俺に対し、決して体や心のキャパシティに恵まれているわけではないことをわきまえているから、一方では慎重になりすぎ、保身的になって(いるという焦りや自責を密かに溜め込んで)しまうことがジレンマになっていた彼。
だから、仕事に詰まったり、女に振られたりで立つ瀬なく、お互い負けが込んだ感情に出口が無い時期には、身近で取っ掛かりを見つけやすかった分、状況に対するいらだちや近親憎悪的な自己批判のはけ口を、無意識のうちにも彼へと向けてしまったりしたことも多かったように思う。
ビンボーでPCも買えなかった時期には、メール入稿のたびに世話になったり、ホント迷惑かけっぱなしだったしなあ。

そんな、近すぎる距離のために、それぞれの文章が書かれた時には、とてもじゃないが、冷静に評価するようなことはできていなかったと思う。そして今、ひとつに纏められたものに触れ、失礼ながら、予想外の面白さに、正直驚いている。比喩や誇張じゃなく、ほんとにおかしくて、あちこちで声だして笑ってしまった。
彼のあまりの正直さ、無防備さに。
そして、そうした「隙」が生み出す、チャーミングさに。

「思春期以降、親にたいしていつも不機嫌で無愛想に接していたことを思い出してしまった。情緒が足りなかった、いや、ほんのちょっとの余裕が足りなかったな、と反省する。昔の彼女にもひどいことしたな…。そんな取り返しのつかない過去などを思い出し、今ならもう少しなんとかできただろうになあと未練、未練。ああ、未練。」『紅茶の時間』

「「気をつけよう。絶対孤独と尾崎放哉」
ほんとにもう。なにをどう気をつけろというのだ。不景気で、会社でイヤなことがあっても、尾崎放哉みたいになってはいけないってことか。会社辞めて寺男になるくらいのことはできるだろう。田舎で自給自足の暮らしに憧れるのも勝手だ。しかし、絶対孤独なんて境地にそう簡単に至れるわけがない。」『尾崎放哉のこと』

特に、仕事もプライベートも逆境で余裕が無かったはずの、「文壇高円寺」の頃のこうした文章が、全然嫌みなく、どころか、おかしくてあたたかい気持ちで読めることに今さら驚く。

そうなんだ。彼はずっと、逆境や、余裕の無い精神状態を支えるために、ペーソス混じりのユーモアを身につけ、それを確かに定着させる文章表現に真摯に取り組むことで、ずっと自分を支えてきたんだな。

俺は下で、「ゆるくて平坦な時代」なんてことについて書いているけれど、俺たちのような出来の悪いやつら(なんて一緒にすると彼に失礼だけど)にとっては、平坦で平凡なものを獲得すること自体が難事業で、「甲斐」を見失っては、却って自分を追いつめるような危うい賭けへの誘惑を抱え込んだりしながら一進一退する、危うい綱渡りの日々だったりもするから。

「かわいげがある」、「愛せる」ということは、人にとって一番大切なことだと思うけれど、それを軽々と得る人のような過信のないところ、穏当な自己抑制と、同時に整理しすぎない正直さによって、作為が無い分、よけいストレートに真情が伝わってくる。
時間は戻って来ないし、できることは少ないけれど、恥も恥として、真摯に向き合い、噛み締めながら本当に前に進みたいと願えば、活字は時間を優しく変えてくれることもある。
世に溢れる、作為やけれんに疲れ気味の人、穏当に人間を肯定し、信用したい人には、是非読んでみて欲しいです。

東京では、タコシェやアクセスなど、ミニコミを扱う書店や、中央線近隣の数件の古書店などで入手できますが、僕も何冊かあずかっているので、当サイトに直に連絡いただいても構いません。

詳しくは『sumus』ホームページを。
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/5180/

心から、おすすめします。