2023-04-17から1日間の記事一覧
「売り声の人たちや、タバコ屋の看板娘を、街の情緒としてなつかしがるのは、その人たちの辛さを知らぬ者のセリフである。子供の頃は、くず屋のお爺さんがなんとなく恐ろしかった。道ばたで遊んでいると、籠を背負った老人が、「くずーイー」などと声を発し…
「火野葦平の実物を眼にしたのは、はじめてだった。肩幅のひろい頑丈そうな男が有名な兵隊作家であることは、すぐ察せられた。火野氏が厚着をしているようにみえたのは、ほかの文学者にくらべて、一段と体格がよかったせいである。彼は質素な背広姿だった。…
「陽が照りわたる表を歩いてきて、青木さんのところの板戸を押して入ると真暗で、眼の中から緑や赤の燐光の粉が湧いた。足元から土間が長細く奥まで通っていて、土間の両側に敷居を高くして障子をはめた(六畳ぐらいの)部屋が五つずつ並んでいた。眼が慣れて…