『カラフル』(監督 原恵一 アニメ版)

『カラフル』、郊外のシネコンで、夏休みの中高生や親子連れに囲まれ、初日に観に行ってきた。
正直、前半の展開はちょっとぎこちなくてカッタルかったし、描かれ語られることに小さな疑問や違和感もいくつか感じた。必ずしも、疵瑕のない大傑作だとは思わない。けれど、それら一つ一つに引っかかりながら、こちらも真顔で何かを投げ返し、付け加えたくなるような、力のある映画だったと思う。
僕達自身を含めたこの世を見捨て、或いはこの世から見捨てられて、零れ落ちそうな子供に向かって、自分がささやかに積み重ねてきた時間から、それでも何かを示してみたい、何が示せるのか、身の丈ギリギリのところで足掻き考える熱が、静かに伝わる映画だった。

前半、記憶をリセットされてやり直しという設定は、他者不在で独りよがり(だからこそ平気にも見える)中坊の心境の暗喩だとは思うのだけれど、それにしても期間限定の他人事であるはずの母親の不倫や後輩の援交への強烈な嫌悪ぶりにどうも乗れず、その割に他の場所でも彼自身を追いこみ揺さぶるような試練は少なくて、中盤での回心にもうひとつ説得力を感じられなかった。
地味な早乙女君のささやかな楽しみなど、歯牙にもかけず素通りしてしまうような奴に見えていた。
ラスト近くの、援交女子の涙の告白部分なども、そんな理解で処理してしまっていいのかと、違和感を持った。
絵的な部分でも、早乙女君との鉄道跡探訪の旅に挟まれる実写画面など、必ずしも効果を上げていたとは思わなかった。

けれど、そうした脈絡の不備がどうでもよくなるくらい、世の中から素通りされてしまいそうな地味な二人の、欲張らない、健気で可愛らしい瞬間を切り取ったシーン達が、どうにも愛おしくてたまらない。
コンビニの前で地べたに座り、分け合う、肉まんとチキンの旨さ。幸福感。


それは、家族との場面も同じ。優しいだけのしょぼい父親と釣りに行くシーン。ニコニコしているだけの父親が、いつも通りの穏やかさで「父さんも人間は嫌いだ」と、自然に呟くシーン。すべてを悟る主人公。
そして、帰りに2人で食べたラーメンの味。
これら、いくつかの「忘れ難い場面」が風景ごと心に残るという意味で、本作は実写映画以上に映画だった。

そうだ。この映画は自分にとって現実、或いは人間をリアルに写し取ったいうよりも、「誰もがこうだったらいいな」「こんなシーンがあったらいいな」と、夢見せてくれる映画。
誰もがこの映画が描く人々のように、無い物ねだりに引きずられることなく、自分に与えられた条件を受け入れた上で、できることを誠実にやることによすがを見つけ、目の前の人間を大切にできたなら、どれだけ幸福なことだろう。
けれど、今、現実の若者たちを取り巻いているのは、際限なく落差と欲望を煽る情報の洪水だ。そして彼らを最も苦しめているのは、彼ら自身が身につけてしまった「弱者の強欲」だ。
誰もが我先にそちらになびいていく中、自分の「地味な色」を引き受け愛することこそが、本当は一番難しい。
現実には、援交女子は地味な主人公など歯牙にもかけないだろうし、オタクや苛められっ子達はシニシズムから却って個人的な快楽の世界に利己的に閉じこもっているだろう。親は子供の寄る辺なさを不甲斐なさとしか見ず、成績と進路の話しかしないだろう。
「手を差し伸べてお前を求めないさ この街」

だから今、本当に難しく、だからこそ描かれるべきなのは、人の弱さや欲望など様々な色(カラフル)を受け入れるだけでなく、「無限の色を散りばめた」カラフルな虚像がのしかかる「街の風景」の中で、(自分の中にもある)互いの値踏みや裏切りと、そこを潜り抜け、自分の持てる色を見極め、引き受ける覚悟の為の戦いだと思う。
それが後付け的に、セリフや回想でしか描かれなかったことが、自分には何より残念だった点だった。
(早乙女君や父親への無条件の理解や親愛がひしひしと伝わる一方、女性の性や欲望への距離感の優等生的な固さとぎこちなさにも、それは象徴的だったと思う。彼女達を今すぐ、直接に理解、説得ができなかったとしても、それはそれでいいじゃないか、いっそ、割り切って自分の中に拘りと確信の在る前者に集中した方が潔かったんじゃないかとも思った。が、やはりそれだと地味すぎるのかな…)
だから原監督に、今度は彼らの日常との小さな格闘や悲喜こもごもに徹底して寄り添った、きらたかしの『赤灯えれじい』や『ケッチン』を、是非映画化して欲しいと、個人的に強く希望したい。

しかしともあれ、この映画を作った人自身が、限定された自分を静かに引き受け、愛し、矜持を持って鍛え育ててきた人だということは、映画からひしひしと伝わった。主人公を最も支えたものが、恋愛ではなく友情だったことに、品と志の高さを感じた。
彼ら「地味な大人達」が見せたいぶし銀の背中が、若い観客の中に刻まれ残ることを切に祈りたい。