BS再放送 渥美清 寅さん勤続25年

東京人っていうか、街場育ちっていいますかね、
こういう人間は不自由ですよね。
不自由に生きてるところがありますよね。精神構造が。
これは、地方の人には、説明してもわかって貰えないんです。


ごく少数の、街場の、軒の低い、
東京のそういう、下町で育った人だけが、
なる程なと、わかってくれることであってね。


そこをはっきり「こうこう、こうだ」と、言ってしまえばいいものを、
言い切れない。
すぐ、物事を、簡単に諦めてしまう。
粘って何かすることの、恥ずかしさみたいなね。


ともかく、街で育った人間っていうのは、不自由ですよ。
ですから、思いきって大金を溜めたり、大きな豪邸を建てたり、
思い切ってする人っていうのは、思いのままにやってきて、
それはそれで、楽しくっていいんじゃないでしょうかね。


やっぱり、街の人間っていうのは、
ひとつそういうのはできない。
恥ずかしい、みっともない。
誰に対してっていうんじゃないんですよ。
やっぱりあれは、自分に対してなんだろうね。

いや、俺は地方出身者だけど、この気持ちはわかりますよ。
(というか、これは江戸の下町という小さな世界の定住者が、薩長の田舎出の連中に街を踏み荒らされた反発から始まった感覚だと思うけれど、敗戦、高度成長、バブルと経て、むしろ今では後者の方が都市生活者の感覚になっているとも言えるから、地方の隅っこに根付いていた線の細い人間の子孫である自分にも、なんとなく分かる。だから、同じ田舎者でも、例えばサイバラなんかに、微妙な反発を感じたりもするんだろうな…)
小林信彦の『おかしな男 渥美清』で、ヒリつくような上昇志向の持ち主として描写されていた彼が、一方でこういう発言をすることも、嘘や矛盾とは感じない。
あの風貌に現われている過剰さからか、こうした「身じまいのいい」庶民の生き方に、反発して突っ走ったんだろうし、だけどそれは確実に彼の感性を育てた苗床でもあっただろうから、齢を重ねるごとに懐かしくもなっただろう。
そして、その振れ幅の深さが、彼を「難しい人」「怖い人」にしていたのではないか。

家族っていうのも、これまた恥ずかしいものだね。
どこかみんな、同じような顔して、同じような声してね、
同じような癖を持った人間が、ひとつ家の中に生きてるわけでしょう。


恥ずかしくって、それでいてどっか気がかりで、
鬱陶しくて、それでいて心配で。


だから、家族も何も持たずに、一人でいる人が東京にはいますけどもね。
そういう人が、良い悪いっていうんじゃないですけども、
そういう人の気持ちもよくわかるし、
これから街にそういう人が増えていくんじゃないでしょうか。
家族を持たない人って。


僕なんか、生まれたときから4人家族でしたから、
もう、その親族は全部死に絶えちゃいまして、
わたくし1人だけになりましたからね。
恋しくて、懐かしくて、たまらないですよ。ええ。


でもやはり、それは、いなくなったからそう思うんであって。
あるいは結婚したり、孫ができたり、あるいは親戚ができたりして、
他人が入り込んできたりなんかするとまた、
今、亡くなった家族を偲ぶなんて甘いもんでなく、
もっともっと煩雑で、複雑なことが、きっとあったかもしれませんね。

とんでもない読書家だった彼のことだから、あるいは「寅さん」役者の求められるだろう言葉を、的確に口にしただけなのかもしれないけど、あの何者も寄せ付けない温度のない表情で、静かな諦めニュアンスと共に語られると、一面の真実を感じずにはいられない。
こういうクールな発言をする人が、幻想の庶民や家族、下町をフリーズドライしたような寅さんを演じ続けた。
現実の観客達も、実際にはそこから遠く離れているからこそ、ファンタジーとしての寅さんを必要としていることを、達観していたのか、それとも全力で受け止めていたのか。これも、きっと両方なんだろうな。
(しかも、この番組の撮影は彼の死の前年。この時の彼は既に肝臓がんを患っていて、ロケの見物客に挨拶する余裕も無く、「愛想がないね!」と苦情を言われたりしていたらしい)


洗練された対人関係の距離感や、モダンでナンセンスな笑いを好む小林信彦は、容易く他人を信じず、常に相手を値踏みし、泥臭く思い上がりもする若い頃の彼のアクの強さに、辟易もさせられたようだけれど、この不器用な頑なさこそが、あの畳み掛けるように過剰な話芸と共に、一方で寅さんの存在感を確かに支えていたはずだ。

素顔の渥美さんは、私が知る限り、寅さんとはかなりちがう。寅さんほどストレートに楽天的でないかわり、温和で、ひっこみ思案で、言葉本来の意味のインテリであり、一度座談が火を吐くと絶品のおもしろさだそうだが、どこやら隠者のような趣さえある。
にもかかわらずフーテンの寅は、渥美清以外に考えられない。この国の表現の世界では、誰も彼も(役者に限らず)世に出たとたんに、庶民の顔を捨て去って教養人乃至自由人の顔つきになる。そのために、教養社会の外に居る大勢の人たちが、自分たちの姿を作物の中に見出せない。渥美清はわずかな例外の一人で、スターになっても、独特の教養を積んでも、変わらず庶民の風貌を失わないせいか。」(色川武大渥美清への熱き思い』)

色川武大渥美清同様、実直な庶民の生き方への反発とコンプレックスから、生涯孤塁を守った人だけれど、それでもこうした根本的な節度は踏み外さない。


子供の頃、お人よしのボンだった僕は、リアルに厄介な人の風貌を覗かせる初期の寅さんも、後期のひたすら優しい善人の寅さんも、共に息苦しくて苦手だった。それ以前に、ガキだったから「人情喜劇」が分からなかったし、何より渥美清の風貌が怖かった(当時の田舎には、まだああいう顔したおっさんが、結構ゴロゴロしていた)。
一方、先日の清志郎の話じゃないけど、今は表現者だけじゃなくて、客の大衆の方も意識は自由人のつもりでいる。
そして、いくらか齢喰った今となっては、「心地よさ」だけを至上の価値だと思い、まっすぐに求めて恥じない、その影で傷つく人間への想像力を持たないツルツルな連中を、同じ人間と感じにくくなってきた。
むしろ「不自由さ」への共感を、何にも増して大切に感じるようになった。
これも、厄介なものから遠ざかっているからこその郷愁なのか。
まだまだ「お化け」にはなりたくないし、今日明日の生活に追われて、なる暇もないんだが。

街の変貌っていうのはもう、どうしようもないでしょうね。
殊に、下町の変わりようなんてのは、抗しきれないものがあるでしょうね。
著しいですもんね、ここのところ。
これも、なるようにしかならないんじゃないですか。ええ。


まあ、下町で育って、あの辺でしょっちゅう遊んでたから、
たまにフラフラ行くんですけども、
昔そこは賑やかな場所で、
みんなそこへウキウキしながら集まってたところが、
ぽつんと虫歯の穴みたいに空き地になって、
雑草なんか生えてるのを見て、
すぐそばにバーッと高い建物が立ってるのを見てると、
「時は人を待たず」ってことは、こういうことなんだなって、
最近思い知らされるようになりましたね。

おかしな男 渥美清 (新潮文庫)

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なつかしい芸人たち (新潮文庫)

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