田中小実昌『ぼくのシネマ・グラフィティ』


とりあえず抜けた(と、思う)。
しかし、今回はずるずると引っ張りすぎたせいで、あまり開放感が無い。
当面抱えているものは、ある程度一気に終わらせてしまわないと、すぐに内容に不安や不満が堪ってきて、良からぬことを考えだしてしまうものだ。しかも、緊張状態が長く続いたせいで、いきなり暇ができても、なお落ち着かない。自転車操業フリーランスの辛いところ。
まったく、いつまでたってもマイペースというものが無くて困ったもんだ。


と、いつまでもボヤいていても暗くなるだけなので、天気も良いし、気分を変えよう、と、下北のDORAMAで350円(自慢!)にてゲットしていた、田中小実昌「ぼくのシネマグラフィティ」をパラパラめくる。
79年から82年頃までの映画レビュー、というより日記。
この時期だと、観てる映画がたくさん被ってるので、感性を信頼している人の文章は、読んでてちょっとスリルがある。
しかし、映画一本一本の好みや評価は、自分とはかなり違う。当然ながら。
若い頃だと、こういうことにいちいちへこんだりしたものだが(それが、視点を広げたり、「いろんな人がいるもんだなァ」なんてことを気付かせてくれたりもして、為にもなった)、今は平気、というかむしろ面白い。コミさんを超えた、とかそういうエラそうなことを思っているわけでは勿論なく、良くも悪くも人間が違うんだから仕方がないし、コミさんらしくていいなと思うのだ。


例えば、「太陽を盗んだ男」への、「最初の方はコメディタッチでいい感じだけど、だんだんシリアスになってくるのがどうも...」「最後まで無責任コメディで終わる映画が日本にもあっていいのに」なんて感想も、とても彼らしい。俺はあの、実は愚直で野暮ったいヘビーさがゴジの個性で、それが大好きだけど、それをコミさんがうざったく感じても、それはそれでとても「らしくて」いいと思った。
優作の映画なんかもあまり好きじゃなかったようで、例えば『殺人遊戯』について「殺し屋なんてものが主人公で、つまりは、ストーリーに色がつき、しようがない。」なんて書いてたりする。俺は、コミさんがこれに対置して書く「刑事たちが、ただ、ぞろぞろ、事件をおっかけていく」だけの「警視庁物語シリーズ」を観たことがないけれど、きっとシンプルすぎて味付け薄く感じて、一連の優作もの程好きにならないだろうという気がする。けれど、コミさんがこういう感想を持つ感じはよくわかる。例えば最近の、描線が細いマンガなんかを見ると、緻密で神経質な感じがして、それだけで読む気がしなくなってしまうことなどと、きっと同じだと思うから。


スピルバーグの「未知との遭遇」や「レイダース」なんかも「物量で押す感じが野暮」とかなりボロクソで、俺はこれも好きなので意見が合わず、感想が一致したのは神代辰巳「赫い髪の女」くらいなんだが(「映画の画面のなかの男女がやってるだけでなく、映画ぜんたいが、ほかにどうしようもなく、やっているというぐあいで、神代辰巳という監督は、ほんとに、映画になりきるような映画をつくる、めずらしい人だ。」なんて文章は、本当にサスガ!と思う)、どちらにしろ、とにかくすべてに公平に(斟酌なく)正直であることが伝わってくるので、まったく悪い気がしない。というか、正直自分などはどうしてもある程度周りを気にしたり格好つけてしまって、到底こうはいかないので、偉いなァとただただ感心する。
良いタイミングで、良い刺激を貰えて、とても楽しくありがたい一冊だった。


ぼくのシネマ・グラフィティ

ぼくのシネマ・グラフィティ