イスカンダルへの追憶

下のメモや覚書に合わせて、『わしズムvol.12』の感想書こうと思ってたんだけれど、アマゾンからPS2の『宇宙戦艦ヤマト イスカンダルへの追憶』が届いて、それどころじゃなくなってしまった。
日記どころか、仕事も日常もまったく手につかなくなって、一気に全クリしてしまった。


ベースになってる『新たなる旅立ち』は、「これで終わり」とぶちあげて大ヒットした『さらば宇宙戦艦ヤマト』の一年後に、シレっと作られたテレビスペシャルだったこともあって、年長のアニメファン、ヤマトファンには総スカンを喰い、長年(今も)まともにかえりみられることがほとんどない不遇な一作だったが、俺は当時も今もこっちの方がずっと好きだ。正直、個人的にはパート1と同じくらい思い入れがある。ゲーム化によって日が当たるのは、本当に目出度いことだ。


ヤマトって、ロッキーシリーズとすごくかぶるところがある。みんなが貧しかった第一作には凄くリアリティーがあるんだけど、シリーズを追うごとに豊かさに慣れていって、テーマになってたものがどんどん観念的に空回りしていく。ロッキーでは、3がそこを再確認するような話だったけど、ヤマトではこの『新たなる旅立ち』がそれに当たる。
なんだかどんどん緊張感なくなって、(もともと個々人の話というよりは、ある時代や共同体が生んだ物語のようなものだから)つまんない優等生みたいな無個性さへと変質していったヤマトに対して、デスラーイスカンダルが古いものを代表し、故郷に殉じて滅びていく。


しかし、あんまり思いが強すぎて、ゲームやってる最中すら緊張で苦しくて困った。終了後の今も、興奮と緊張の余韻で落ち着かない。 本気で知恵熱が出そう...
正直、いまだにここまで自分の中で大きいとは思っていなかったが、考えてみると少年時代は、一日の半分くらいをヤマトのこと考えて暮らしてたもんな。一生のうちにこれだけの熱愛の対象というのは他にそういくつもないだろうし、そういう意味ではまさに宿命だな。


今日は、もうこの辺で限界。
また落ち着いてからあらためて、じっくり掘り下げて書きます。


宇宙戦艦ヤマト イスカンダルへの追憶 初回生産限定版

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