下馬二五七さん

ショーケンが落車事故を起こした競輪選手を演じていたドラマ『祭ばやしが聞こえる』で、室田日出男さんと一緒に富士吉田の地元のテキ屋の役をやっていた、下馬二五七さんが先日亡くなった。このドラマではじめて知った役者さんだったのだが、坊主頭で身長が160センチあるかないかの、小柄ではしっこく、田舎の苦労人独特のちょっとイジワルな感じと、短絡な直情径行が混じりあった「小さくて憎めない男」を、本当にどこかで暮らしてそうな自然さで演じられていた(同じく、ひかげ旅館のモモエちゃん役の女優さんも、まったく知らない人だったが、小うるさいけど情がないわけでもない、隣人の噂話なんかも大好きな田舎の豆タンクみたいな姉ちゃんを演じて絶妙だった)。
このドラマの製作者達の、庶民に勝手な理想や期待を投影せず、ただ愛して見つめているような、成熟した視線も大きかったと思うが、類型的じゃない役をこれだけ自然にできるのは、下馬さんの中に自然に蓄えられていたものがあってこそだろうと感じる。


以前もここで書いたことがあるが、一昨年、ショーケンファンの友人が、このドラマの舞台になった民宿を探し出し、みんなで泊まりに行こうという話になった。
http://d.hatena.ne.jp/bakuhatugoro/20070427#p1
彼は裏表のない、いい意味で物事に頓着しない性質ゆえのバイタリティを更に発揮して、ネット上で消息を発見した下馬さんにこのことを連絡したのだが、何と僕ら正体不明のドラマファンたちの小旅行に参加してくださるという。メインキャストの一人だった下馬さんが、特別人気作だったわけでもない地味な作品を、大切に覚えていてくださったのが嬉しかったが、とにかく川原のちょっとアクの強いキャラの印象が強くて、自分が下馬さんの他の仕事をほとんど知らなかった引け目もあり、正直、面倒くさいおっさんだったらしんどいなという不安もあった。
実際にお会いした下馬さんは、そうした予断とはまったく逆の、ひたすら優しい気配りの人だった。元々、天井桟敷の初期からメンバーだったとのお話を伺ったが、アングラ出自の人にありがちな、誇りと屈託がない交ぜになったアクの強さみたいなものが、本当にまったくなかった。むしろ、このドラマのファンらしく、口下手で不器用なタイプが多かった僕らとの会話が途切れがちになっても、沈黙を重荷と感じさせないよう、座の隅っこでニコニコしながらずっとチビチビお酒を呑み続け、撮影中の細かなエピソードや、ショーケン工藤栄一監督はじめ、出演者のエピソードをサービスしてくださった。
芝居は大して知らないくせに、文化人ゴシップや武勇伝は大好きな僕にも、天井桟敷状況劇場の乱闘や、東大の芥正彦を寺山と殴りに行った話なんかを、特別過去を誇るわけでもなく、逆に遠ざけようとすることもなく、ただ懐かしそうに話してくださった。
こう書き並べると、故人をことさら賛美しているように見えるかもしれないけれど、僕の正直な印象だ。何十年も、決して平坦じゃないキャリアを全うしてきた役者さんだから、当然厳しく激しい顔も持っておられたはずだが、僕らの前ではおくびにも出さず、ただひたすら優しいおじさんだった。
最後には、大切に保管されていた『祭ばやし〜』全話分の撮影台本を、「今日の記念だ」と僕らにくださろうとするのを、辞退するのが大変だった。


ザ・スーパーカムパニイという、ミュージカルやコメディ中心の劇団の主用メンバーとしてずっと活躍されていて、その後も時々、公演に誘ってくださっていたのだが、自分の関心と引っかからなくてずっと不義理しっぱなしだった。それでもまったく拘らず、ファンの呑み会に付き合ってくださったり、『祭ばやし〜』についての正式なインタビューもお願いしていたのだが、このところは『赤毛のアン』『春琴』と、メジャーな舞台での大きな役に打ち込んでおられて、「いいかげんじゃない状態でお話したいから」とのことで、タイミングを計っているうちに、突然の訃報を聞いた。
正直、ちょっと居心地の悪い気持ちになった。ずっと準備している自分の雑誌の方向が、根っこのところで定まりきらず、本気で機会を探せばできたはずのインタビューをズルズルと逃してしまった。何者でもない僕らにあんなに良くしてくださったのに、結局何のお返しも出来ずに終わってしまった。下馬さんほど愛着を持って、あのドラマを記憶されている人は、関係者の中にもなかなかおられないんじゃないだろうか。


葬式というのはいつも微妙に落ち着かない気持ちになるが、今回は取り分けそうだった。
自分の微妙な事情に加えて、古風な苦労人でもあり、実は飄々とモダンな方でもある、人の縁を大切に独立独歩で歩んで来られただろう下馬さんには、葬儀屋が取り仕切るプログラムに形だけ乗っかる、現在の葬式は似合わない気がした(本当は誰にだって似合うわけがないのだが)。
仏式の、形だけ重々しい式の最後に、ザ・スーパーカムパニイのメンバーのみなさんが、「生きるとか、死ぬとかわからない ただ今日の宴を楽しもう」という見送りの歌を歌われていて、きっとこの送り方が下馬さんには一番似合っているはずだと思ったが、どうしても式全体の空気とちぐはぐになってしまって残念だった。そんなみんなの頼りなさを、あの遺影の中の下馬さんの笑顔が、「まあ、気にすんなよ」と、ほぐしてくださっているように見えた。