バンドブームとその後の記憶
YouTubeで80年代後半から90年代、バンドブーム期以降の曲を聞き返していた。僕が日本のロックの多大な影響下で自我形成していた時代の、すぐ後にあたる時期。自分が支えのようにしていたロックが一般に支持を集めるようになると嬉しいと同時に、人気を得ると共に支持している人たちの層も変わって、ロックが逆境で悩み考えそれをはね返そうとしている者たちの声ではなく、ただ日常や現実を占めているものと地続きのものに変質してしまうのではないか…という潜在的な不安も感じていた。そして状況は、僕の不安などあっという間に追い越してしまった。ブルーハーツとかアンジー、プライベーツやボガンボスくらいまではまだ、僕には優等生的に聞こえてあまり肌には合わないが、いくらか共感のポイントも探せなくはないのだけれど、レピッシュとかユニコーンとかを聴いていると、表現のジャンピングボードになるような寂しさ、しんどさといった負の前提が、少なくとも自分のような位置からはまったく見えず、明るい狂騒がひたすらしんどい。彼らが悪いわけでは無いことはわかっているのだが、その世界を楽しいとは自分にはどうしても思えない。更に下ったフリッパーズギターなどになると、曲作りとか教養の量には(当時を思い出せば尚更)圧倒されるものの、自分の切実なものとは、本当にまったく縁もゆかりも無い感覚、感情の世界で、こうした洗練だけを上位に置くような空気が支配的な時代にいたら、自分のような者はまともに呼吸できなくなるのも当然だったな、もう二度とごめんだ…という気持ちしか湧いてこない。
さらに下って、スピッツとかミスチルなどは、感傷的で共感可能な部分はあるのだが、根っこに骨っぽさが決定的に欠けていて、心が鼓舞されない。自分の日々を支える音楽にはならない。
何だか不平ばかり言っているようだけれど、こうしたある空気や価値観が、世界を覆ってしまう時代というのは、どうにもしんどいなと思う。いつの時代も、ある状況を生きている者の最大公約数の感覚で空気や価値観は半ば以上無意識に(だから動かしがたく)出来上がるものだから、そう納得して生きるより無いのだけれど、ある時代、ある場所で支配的な価値観(つまり調子づいているもの)を、相対化し、批判する視点がどこにも担保されていない状況を生きるのは、肌の合わない者には本当に苦しい。そして、時代の潮目が変わるとまったく無反省に次の空気へと乗り換え、全否定して(あるいは、それはそれこれはこれと、自分の中に脈絡を意識することを放棄して)同じことを繰り返すのは、少なくとも自分は嫌だし、良くないなと強く思う。
また、個人的に言えば、動機の輪郭がはっきりする程度には(物心共に)飢えのある時代の方が、自分には心のバランスを健康に保ちやすいなと、あらためて思った。
追記。
バンドブーム以降のロックへの自分の違和感を少し掘り下げていえば、反体制(非体制)の体は取っているけれど、実は楽しくラクに生きたいというのが突き詰めれば望みのすべてだということ。だから、彼等の敵は貧乏とか、古い共同体のしがらみとか道徳であって、豊かな消費社会や趣味の世界でそれが乗り越えられた時点で、彼等の望みは既に叶えられていて、それに倫理的な疑問をはさむようなものは五月蝿いノイズや敵ということになる。彼等は消費個人主義と相性最高な適応者なのだ。後はひたすら欲望と不満のディティールが細かくセンシティブに表現されるだけ。だからそれで解決しない不幸というのはひたすら陰にこもっていく。しかし、何かを我慢したり失ったりしてまで、不幸を解決したくはない。
そこには、自分の世界をおびやかす外の世の中への忌避はあっても、自分がどう善く生きていくかという能動的な問いが無い。自分の欲望がどう隣人とぶつかっていて、それをどう解決するか、解決できないものをどう受け止めるかという問いと葛藤が無い。問題は自分や仲間の中にあるのではなく、常にどこかの誰かに転嫁される。そんな利己性を、曖昧に洗練させるだけの表現の方向を、僕は嫌いだ。
更に追記。
「音楽誌が書かないJポップ批評」に執筆していた頃、同誌で連載していた加藤典洋氏が、スピッツやフィッシュマンズを無批判に褒め称える一方で、尾崎豊を説明抜きに全否定しているのを見て、納得いかない腹立たしさを感じていたが、今にして思えば、吉本隆明の強い影響下にある彼には、消費の世界で感傷と快楽に遊ぶ前者たちに対して、尾崎の歌は急体然とした教条的反体制だと、図式的に捉えてしまっていたのだと、あっけないほど腑に落ちている。
つまり、左翼の原理主義的な部分だけを批判、否定したい彼等にとって、ストイシズムこそ悪なのだ。ロックファンたちが尾崎の「命を張る」発言に、過敏なほど反応し忌避したように。
ブルーハーツ
https://m.youtube.com/watch?v=BSkLe-EOq5U
ジュンスカイウォーカーズ
https://m.youtube.com/watch?v=ZV7K8mJPRhI
アンジー
https://m.youtube.com/watch?v=vWSxYkMW9rw
プライベーツ
https://m.youtube.com/watch?v=9wwoYsnwjk8
ボガンボス
https://m.youtube.com/watch?v=CLK_5gHV7KY
レピッシュ
https://m.youtube.com/watch?v=1_Jp9-4q5jY
ユニコーン
https://m.youtube.com/watch?v=9vEw-r3mmfk
