クリード チャンプを継ぐ男


新宿ピカデリーにて。
公開2週目に入ったばかり。それも年の瀬の劇場としてはやや淋しい入り。
それでも、「いったいいつまでロッキーにしがみつくんだ?」とさんざん呆れられながら、蓋を開ければ『ロッキー・ザ・ファイナル』を胸に沁みる佳作に仕上げたスタローンが受け入れた企画なのだからと、確固たる信頼を持って臨んだ。


正直、脚本はやや散漫だったと思う。アポロの私生児であり、同時に母親も失って親戚や施設をたらい回しにされながら育ったアドニスが、父親にどんな複雑な感情を持っているのか。
アポロの正妻に引き取られ、まともな教育も受けて大企業で働いている彼の中で何が、激しく闘争心を駆り立てるのか、詳らかには語られない。
そして、アポロに対するこだわりはそのままに、彼のライバルで親友だったロッキーをすぐに頼る展開は駆け足過ぎるんじゃないか。
彼の頼みに一度は躊躇するロッキーが、どういうきっかけで彼を受け入れるのか。
僕が万事に説明や脈絡を求め過ぎているのかもしれないが、ただ省略というには散漫な印象を持った。
だから、アドニスの動機に一体化出来ず、物語に入り込みきれない。
ガッツォさんや酒場の親父まで、隅々の人々にまでふと人格を感じさせ、それを大きな物語に見事に収斂させていったあの第一作の見事なニュアンス作りとは、比べるべくもないと思う。


後半、ガンを発病し化学療法を拒否するロッキーが、延命よりもアドニスとの時間を選ぶのかと思いきや、闘病とセコンドを両立してしまう展開も、正直ちょっと都合が良すぎるな…とも思った。
しかし、そうした小さなちぐはぐさを、スタローン=ロッキーの年輪と存在感が、すべて説得してしまう。
今まで、不屈の闘志で立ち上がり続けて来たあのロッキーが、どうしようもなく病み、老いていく。かつての彼を重ねざるを得ない風景とシーンの中で、静かにそれを演じるスタローン。
ロッキー・バルボアという人間の人生に立ち会っているというこの感慨は、他のどんな映画でも得られないものだ。
そして、最後の最後、アドニスとチャンピオンの試合のクライマックスに響く、ビルコンティのあのファンファーレ。
アドニスの闘いの動機の独白の唐突さを補って余りあるものだった。


かつて、飛ぶように駆け上がった美術館の石段での、静かで胸に沁みるラストシーン。
何だか、細々と文句を言うのが申し訳ないようなもどかしい気持ちで、なかなか席を立てませんでした。


最後に。
ロッキーシリーズ未見の方は、1と3、できればファイナルを事前に観ておいていただけると、本作の味わいがぐっと深くなると思います。